少女のように胸が高鳴って
顔立ちだけではなく、全体の雰囲気が上品なのです。
そういうことに、わたくしは特に敏感でした。
結婚前に、両親と一緒にお会いした方たちは、こういう上品な雰囲気を自然に持っている方が多かったからです。
誤解なさらないでくださいね。
主人に不満があるわけではないんですよ。
優しくて真面目で、わたくしのことも子供のことも大事にしてくれる、とてもいい人なんです。
はい、お見合いでしたけど、わたくしは主人を好きになって結婚しました。
それだけは、はっきり言えます。
そうですね。
話を元に戻したほうがいいでしょうね。
手を取ったまま、わたくしをソファから立ち上がらせると、あの方は、わたくしの上着を脱がせました。
そうして、上着の匂いを、嗅いだのでございます。
その日は、くすんだ桃色をしたツイードのスーツを着ておりました。
スカートは、膝がちょうど出るくらいの丈です。
そうですわ。
今、着ているのとちょうど同じようなスーツでした。
上着の丈は短くて、ボレロというのでしょうか。
ボタンがなくて中に着たブラウスがみえるようになっています。
ブランド、ですか?
わたくし、そういうことには興味がありませんので、存じ上げないのですが、たびたび人に言われることはありました。
「いつも、高級ブランドの洋服ばかり着てらっしゃるのね。
ご主人は、さぞ給料がお高いんでしょう?」
女って、嫌なことを言うものですわね。
そんなことをわたくしに言う女性に限って、みなさん、洋服はお安いものをお召しになっていましたわ。
それでいて、ハンドバッグだけは、ひとめでブランド物とわかるようなものを持っていらして。
お聞きになりたいのは、こんな話じゃありませんでしたわね。
王子様のように素敵な男性が、わたくしの、ツイードの上着を手にして、その匂いを嗅ぎました。
わたくしは、驚きました。
けれど、黙ってみておりました。
このアルバイトを紹介してくださったPTAの会長さんがおっしゃっていたように、契約に違反することが無い限りは、相手に言われたようにしていればいいのです。
わたくしは、少女のように胸が高鳴ってしまいました。