王子様がお姫様に
約束どおりの時間にその部屋の前に立って、教えられたようにドアをノックしました。
ほどなくして、ドアが内側に開かれると、ひとりの男性が出迎えてくれました。
ええ、初めは気づきませんでした。
知り合いに似ているのだろうと思って、それきり忘れてしまいました。
テレビによく出ていたんですってね。
わたくし、テレビはニュースと天気予報くらいしか見ません。
ですから、あの方がどういう方なのか、ちっとも知らなかったのです。
あの、この先も、詳しく話さなければならないのでしょうか。
話すのはかまいませんが、ひとつだけ初めに知っておいてもらいたいのです。
売ったのは、匂いだけなんです。
わかっていただけますか?
えっ、なんですって?
そんな女はいくらでもいるんですって。
まさか。
わたくしが世間知らずだからって、からかってもらっては困りますよ。
そうなんですか。
わたくしは、自分で思っているよりも、まだまだ世間を知らないのですね。
あの方も、わたくしの、そういうところが良いと言ってくださったものでございます。
「勝手に服を脱がないでください」
上着を脱ごうとしたわたくしに、あの方はそう言いました。
命令するような口調ではなくて、ごく普通の声の調子でした。
アルトの、よく響く、いい声でしたわ。
わたくしは言われたとおりに、きちんと服装を直して、ソファに腰掛けました。
王子様がお姫様にするように、わたくしの手の甲に軽く触れた唇は、ひんやりとしておりました。
どこかで会ったことがあるのじゃないかしら。
わたくしは再びそう思いましたが、言葉にはしませんでした。
目鼻立ちのはっきりしたお顔に、濃い眉毛。
髭はきれいに剃られていました。
髭剃りあとが目立たないのと、色白なのとで、ますます、あの方は王子様めいておりました。